2005年07月19日

親の老後

先日の連休最終日、私の実家で食事をしてきた。
その席で、何故か親の老後の話になった。
妹の縁談が持ち上がり、両親も真剣に考え始めたようだ。
母曰く、父は最近すっかり気落ちしていると言う。
私の時には妹という保険が家に残っていたので、
結婚式でも涙ひとつ流さなかったというのに、
まだ何も決まっていない今から気分はすっかり花嫁の父らしい。
酔いも回って、本音が出たのか何か分からないが、突然父が
「お前たちに迷惑をかけるから俺は無縁仏になる」
と言い出した。あまりに唐突で極端で、家族全員
「はぁ〜?」
としか言いようがなかった。

私は長女で妹が一人いるが男兄弟はいない。
だからというのもおかしいが、結婚する前からダンナには
「私たちは4人の老後を背負う結婚なんだよ」
と言ってあった。そして
「妹が嫁に行った時点で、あなたは最大4つの葬儀を出し
 最低でも2つの葬儀で喪主をやるんだ」
とも説明してある。
ダンナもすっかりその気になってくれている。
しかしお義父さんは次男で、生涯親の葬儀とは無縁なため、
ダンナは自分の家から葬式を出したことがない。
素直な人なので、快く承諾してくれていたが
どうしてもピンとこないと困っていた。当然だろう。
ところが、私と結婚して2ヶ月で私の祖母が亡くなった。
これがダンナにはいい経験になった。
一方の父と私たちにとっては4つ目の葬儀。
私の両親は兄弟がいないため私と妹は子供の頃から
戦力の一人にカウントされてきた。
その頭数がダンナで一人増えた。
そんな中に突然放り込まれたダンナは当然こき使われた。
右も左も分からないまま、喪主の家族の一員としての葬儀初体験は
きっと大変だっただろうと思う。
でも、ダンナを父に貼り付かせたのは私だった。
「遠慮しないでダンナに何でも用事を言いつけて」
と父に頼んでおき、ダンナにも
「今後のために、父のやることを全部みておいて」
と話し、お客さんにならないように頑張ってもらった。
そのため葬儀が終わった後は、ダンナも
「出席するのと葬式出すのってこんなに違うんだなぁ」
と感慨深そうに話していた。
父も葬儀の間中、ダンナを頼りにしていたし、きっと
自分たちのことも任せる気持ちになっているだろうと思い込んでいた。

だから「無縁仏」なんて言われるとショックだった。
何故か頭にきて
「何を感傷的なこと言ってんの?何でいきなり無縁仏なのよ」
と言ってしまった。
そんなことを言われると火がついてしまうのがうちの父。
がっかりするほど私はよく似ている。
「お前を嫁にやっといて、今さら○○(←ダンナ)に
 俺たちの葬式を出してくれなんて往生際の悪いことは言いたくない」
などと言う。
「いや、私たちはやるつもりだから」
「いいや、いい。俺はもう決めた」
なんて押し問答が続いた。なんであんなに言い合ったのか
今となってはよく分からないのだが、終いに父は
「お前たちが勝手に決めることじゃない。
 お義父さんやお義母さんの許しを得なくてはいけない。
 名前が変わった以上は、あちらが優先で俺たちは後回しだ」
なんてことまで言い出した。そういう考え方は私は一番嫌いだし
そんなつもりで嫁にも行っていない。売り言葉に買い言葉で
「4人同時に大変なことになったとして、それぞれがまずは
 自分の親のことを優先させなきゃ、とてもやってけないし、
 その時に一番弱ってる人から優先させて考えていくから
 任せてよ。お父さんだってそうやって4人看取ったじゃん」
と何故か泣きそうになった。

私は嫁にもらわれたつもりもないし、便宜上名前が変わった
程度にしか考えていないし、そういう考え方を理解してくれる
相手だったから結婚した。
まず、それをはっきりさせたかったし
さらには、これまで極めて現実的に冷静に四人の老人の介護を
乗り切ってきた父が感傷的なことを言い出したことに何故か
ムカついた。ムカツクのは全く見当違いなのは分かるのだが
とにかくムカついたのだ。
私だって4人まとめて面倒看るつもりでいるのに見くびるな
というような気分だった。母が
「こんなに考えてくれているんだから、
 ありがたく感謝すればいいじゃないの」
と父をなだめてくれて話は終わったが、今になると
父も私が思うよりずっと歳を取ったということなんだろう
と思えてきた。
何でも言い合って、議論して、端から見るとまるでケンカを
しているような話し合いをするのが父と私の関係だったが
これからは少し私も対応をやわらかくしていかなくては
ダメだな、と反省した。
いつからが親の老後なのかなんて境界線はないし、
いつかは必ずお別れの時が来る。
お別れまでの時間がどのくらい残されているのか分からないが
その間も親はさまざまな段階と変化をしながら歳を取っていく。
その時間を、なるべくハッピーに過ごしていってもらいたいと
今は心から思う。
親との関係性を見直す、いいきっかけになった一日だった。
posted by ぐうたら主婦 at 15:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
親の心子知らず、子の心親知らず。
ぐうたら主婦さんの気持ち、非常によく分かります。
私もまさにそう思っていた頃があったから。
そして子供が出来てみて、初めて親の心が分かりました。
面倒を見る存在から見られる存在へ、世代は移り変わっていく・・・
動かしようのない現実ではあっても、この現実はなかなか受け入れがたいようですね。
私ももっと年をとって、息子とこのような会話になったら、
果たしてどうだろうか・・・
考えたところで答えが出るわけでもないですが、
考えれば考えるほど複雑な心境です。
ま、どうでもいいけどね。
Posted by hiroing at 2005年07月20日 20:59
hiroingさん、コメントありがとうございます。
やはり子供を持って初めて分かる気持ちなのでしょうね。
これまでがいくら現実的で合理的な父だったとはいえ、
これからは私がわきまえていきたいと思いました。
実は、父親とは親離れ子離れのタイミングも
「あの日がその瞬間だった」
と明確に覚えていて、人に話すと驚かれます。
なので、今回も同じような私たち親子の儀式みたいなもの
だったのかなとも思っています。
天下無類の楽天家の母は
「そのうちまた元の元気なパパに戻るわよ」
なんて軽〜く言っていますが、私は何故か今回は
そんな気がしないのです…。
そうだとしても受け入れていくつもりなので
ほんとにどうでもいいことなんですけどね(笑)。


Posted by ぐうたら主婦 at 2005年07月21日 10:23
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