2005年11月09日

老夫婦の心中

うちのシュウトメの口癖は
「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」
だ。つまり
「私は絶対に人に迷惑を掛けないで生きている」
という恐ろしいまでの自信を持っている人だ。
聞いていてつらくなるので
「私なんて人に迷惑掛けっぱなしですよ〜」
と冗談めかして言うと
「ぐうたらさんは気がついているなら救いがあるわよ
 世の中には自分がいかに人に迷惑を掛けているか
 気がついていない人の方が多いんだから」
と真顔で言う(私を慰めてくれているらしいが…)
果てしなくトンチンカンな人だ。
シュウトメがこの発言をする度に私は辟易として
「どうぞご自分で棺おけの蓋も閉めて死んで下さい」
と心の中でつぶやいていた。(関連記事

しかし、本当にそんな風に死んでしまった老夫婦がいる。
昨日、福井県の使われていない焼却炉の中から見つかった
白骨化した遺体は、実は心中だったことが分かったそうだ。
http://www.fbc.jp/news/20051108_05.htm

たとえ心の中とは言え、こんな悲しいことを
姑に言い放っていた自分にも憤りを感じた。

人に迷惑を掛けないで生きることなんて
どんな人間だってできないはずだ。
だから「私は人に迷惑を掛けていない」
と胸を張る姑が嫌いだった。
でも、そんな姑に
「自分で棺おけの蓋も閉めてくれ」
と思っていた自分。
それはもちろん、そんなことをする人間がいるわけない。
と思っていたからだ。
あり得ないと思うからこそ、そんなことを思っていた。
でも、本当にやってしまった人がいるのだ。
自分で自分の火葬をするだなんて…。
まったくやりきれない。
話のディテールを聞けば聞くほど涙が出てくる。

しかし、よく考えれば昔の日本には「姥捨て」という
風習が存在した悲しい歴史があり
「人に迷惑を掛けずに生きる」
ことを美徳とした文化が確かにあったのだ。
私はなんて浅はかだったんだろう…。と痛切に反省しているが
それを本当に実践してしまったというのだろうか。
この時代に。
それではあまりにも悲しいし、やりきれない。
うちの姑のように、大した覚悟もなく上辺だけで
「人に迷惑を掛けないで生きている」
と胸を張る人間だらけのこの時代に、そうまでして
このご夫婦が自分たちの人生の最後の後始末を
つけなければならなかった理由は何なんだろうか。
理由と言うよりもむしろ原因は何かと思ってしまう。

ご主人は日々、詳細な日記を書いていたそうだ。
そして着火時刻もメモに残し、
好きなクラシックの音楽を焼却炉の前に止めた車から
大音量で流していたのだそうだ。

私たち凡人が軽く口にする
「人に迷惑を掛けたくない」
というレベルの覚悟で、ここまでのことができるのだろうか?
「大正生まれの方ですからね…」
とまるで宇宙人のように話していたコメンテーターもいたが
大正生まれならできるというのか?
「誰にも迷惑を掛けたくないと思って
 火葬場で自殺したんだと思う」
と親族の女性のコメントがあるが本当にそうなんだろうか?

私にはどうしてもそうは思えない。
じゃあ、何なんだ。
と言われると困るのだけれど、
そんな簡単なことには思えないのだ。
そんな薄っぺらな言葉でこの壮絶な最期を
表現することにはものすごく抵抗感があるし
「迷惑を掛けてもらえなかった」
ことを悔いている周囲の人たちがいるならば
きっと今、その方々が感じているであろう無力感を思うと
なおさらいたたまれない気持ちになるのだ。

きっとその人たちはこのご夫婦に
「迷惑を掛けて欲しかった」はずだ。
迷惑を掛けられないことがどんなにつらいことか
「人に迷惑を掛けないで生きている」
ことはそんなに胸を張れることなのかと、
改めて考えさせられるニュースだった。
posted by ぐうたら主婦 at 10:36| Comment(4) | TrackBack(0) | ニュースから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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